老親と700キロ離れた一人っ子に起きたリアル(莉音)

一人っ子、遠方の両親が同時に倒れた。終末期医療・介護・死後事務・成年後見・「負」動産処分など。精神面や金銭面の話も書いていきます。時々脱線。どなたかの心に届きますように…

700キロ離れた病院へ、寝たきり患者の搬送が始まる

#41 いよいよ700キロの搬送が

朝6時過ぎ、B市からのドライバーと付き添いの看護師が到着。
前日は泊まっていたようだ。
私より年配の看護師さん、
「バイタル教えてください」とテキパキと動いてくださる。
父がストレッチャーで運ばれたのを見送る。
無事に到着してくれよ・・・と祈りながら。

病棟の看護師さんに
「ありがとうございました。私は、母の事もあって・・・」と
思わず泣き崩れる。

まさか、この病院のCCUで
今にも命の灯が消えそうな母の所を訪れ、
そのあとで、意識が戻らぬ脳外科病棟の父の所に行く日々が
続くとは思わなかったから。
看護師さん、私の背中をトントンとしてくださった。

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介護タクシーに同乗してもよいと言われたが、
私はトイレも近く、長距離を車で耐えられる体力もなかったので
新幹線で移動した。

途中、ドライバーさんから電話が入る。
渋滞で遅れるとの事。

結局、12時間弱かけて、私の住むB市郊外のX病院に着いた。
X病院までは、自宅からも遠いので
この時は夫の車で行ったように思う。
夫は、この時以外は、父とは顔を合わせていない。
つまり見舞いには行ってないという事だ。

自宅からは不便な場所にあったので、
何度か病院まで送ってもらったことはあったが・・・
まあ、いいですけどね。
症状の急変もなく、無事に着いたことに安堵した。
ドライバーと付き添い看護師の方に感謝。

父がA市の自宅マンション前で倒れてから、
1か月と半月が過ぎていた。
母が亡くなってからは、1か月ちょっと。

X病院で入院の手続きなど。
今後用意するものを聞く。
受付、看護師さん、みなさん感じが良くて安心した。

翌々日は、遠くのC市へ、母の納骨であった。
既にお骨は、ゆうパックで送ってある。
泊りの用意はもちろん、喪服、お布施、
親戚へのお土産の準備・・・

当時の手帳を見ながらこのブログを書いている。
手帳には毎日やる事、やった事が書かれている。

支払い、役所での手続き、各方面連絡、
父の事で病院からの指示、
母のお悔みへのお返し、親の住んでいた部屋の片づけの事
・・・・などなど

毎日、毎日、やった事が沢山。手帳に空白はない。

肩が痛くて眠れない・・・とも書かれていた。
マッサージに行ったことを覚えている。
風邪を引きそうになったら、
ネットで調べたやり方で、
一晩で治した。
薄手のタオルにカイロを何か所か貼り、首や胸に巻くやり方だ。

よく倒れなかったなぁと思う。冬だったのに。
ほぼ外食だったのに。
自炊なんてする暇も気力もなかったから。
母が使っていた鍋釜類を使うなんて、
悲しくて、できなかったから。

毎朝の甘酒とミカン、

そして夜寝る前に、
両親の家に送ってあげていた「もろみ酢
これを欠かさず飲んでした。
酵素のサプリや、その他のサプリも。

この先、どうなるのだろう・・・
一人になりたい、一人で思いっきり泣きたい。
そんな事ばかり考えていた。

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